紺色

アラサー留学生の一言日記。基本殴り書きなので乱文御免。

マルタ記25 - 修論って言いたいだけ

先月で必要な授業の単位は全て取り終えたので、学校からPostgraduate Diplomaを貰った。成績はどれも可もなく不可もなく。Transcriptを眺めながら、「そういえば学部のGPAも中途半端だったなあ」と遠い目をした。

そんなこんなで今週から、卒業論文の講義が始まった。いわゆる修士論文というやつである。このアカデミックな響きだけで自尊心をつなぎ止めながら、「留学生活の集大成にしたい」だの、「帰国後の仕事につながるテーマにしたい」だの、「過去の知見を活かしたい」などと、自分でも笑ってしまうほど立派なことを宣い、気分だけは立派な大学院生を演じている。

ある程度英語力があってあとは学費さえ払えれば誰だって入れる学校を"大学院"と呼び、一部の有名大学のそれとは比較にならないくらい易しい内容を"MBA"と呼んでいることも、全部その自意識が問題。

だけど、結局いつも最終的な成績は半人前。最初の気合いだけは一人前。

我ながら本当にどうしようもない。平均点の人間ほど、自意識だけはやたらと大きい。

マルタ記24 - 10月。帰国の予感

10月。先週あたりからマルタにも少しずつ雨が降り始め、気温も25度前後の日が増えてきた。このくらいの気候になると、空気の中に「秋のにおい」が混じってくる。去年の11月、マルタに着いたときに嗅いだあのにおい。あれからもうすぐ一年。早すぎる。

9月を振り返ると、まず日本から友達が来てくれたり、マルタと日本の外交60周年のイベントで石見神楽を見に行ったり、鬼滅の映画を観たり。それから家が停電して、そこから1週間Wi-Fiだけがなぜか直らず、大いに課題に支障をきたしてくれやがった。まあ総じて言えば楽しかった。たぶん。

そして最後の授業の課題を提出して、ようやく肩の荷が下りたので、まだちゃんと散策したことのないNaxxarとMostaに行ってきた。

Naxxarは人が少なくて静かで、街全体が落ち着いてる感じだった。もし住むならこういう場所がいい。

あとこれはNaxxarに限った話ではないが、街中どこを歩いてもドアがかわいい。

一方、モスタドームはデカい。

昔の人間はこんなドームを一体どうやって作ったんだろう。

自分が今住んでいるところは人口密度が東京とほぼ変わらない街で、あまり外国に住んでいる実感を感じられないのが残念なところではあるのだけど、たまにこうして晴れた日に普段行かない郊外に出ると普段と違う風を感じることができてとても気持ち良い。

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ついに帰国日が決まりまして。

課題も終わって、「しばらく余裕持ってのんびり過ごせるな〜」なんて思っていたのも束の間、学校側のスケジュール調整で本来2ヶ月あったはずの休みが跡形もなく消滅。「10月中旬から卒論が始まります」とのメールが届き、クラス内に激震が走った。

休み期間中に盛大に旅行の計画を立てていたクラスメイトが学校に文句を言ったりしている中で、自分は「これ帰国日決められるのでは?」となり、すぐに提出日とその後のスケジュールを確認し、静かに航空券を予約。そうしてあっさり帰国日が決まった。まだ誰にも言っていない。できれば、ステルス帰国からのサプライズ登場をキメたい。

まあ、帰国日が決まったからといって何かが劇的に変わるわけではない。むしろ「帰国後の仕事どうする問題」が前倒しになって降りかかってくるようになり、「卒論のテーマどうする問題」と肩を並べて今の自分の頭の中を占拠している二大コンテンツとして堂々と君臨している。しかしどちらも解決しないまま、今日もパスタを茹でている。

誰か仕事ください。もしくはお金ください。

 

 

マルタ記23 - 最近のあれこれ

7月の終わり、無事に課題を提出した。
今回は過去一番きつかったかもしれない。ChatGTPに助けを求めようにも、なんてプロンプトすれば正確な答えを出してくれるのかわからず、それを考えてさらに時間が溶けていく。AI以前に自分の人間としての知能の限界を感じる。

それでも何とか書き終わり、提出ボタンを押したときの解放感はすごかった。しばらく意味もなく冷蔵庫を開け閉めした。その日の夜はワインをひとりで1本飲み干し、翌日しっかり二日酔いになった。

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その解放感と勢いそのままに、クラスメイトとPembrokeという場所のビーチに行った。マルタの海は例によってバカでかい。そして夕陽がエモい。が、気づいたら足の裏が軽く切れており血が出ていた。マルタの海は想像しやすい砂浜のビーチという感じではなく、オラオラしたヨーロッパ人が叫びながら飛び込んだりしている岩場なので、身長くらいの深さのところでわちゃわちゃしていると足が岩にぶつかってスパッといってしまう。

何がつらいって、ダイレクトに力が伝わる箇所なので傷が塞がらず治りが異常に遅いこと。油断して裸足で部屋を歩くとすぐに傷口が広がりまた血が出てくる。どうすんだこれ。

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あともう一個驚いたのが階下の住人が逮捕されていた。こっちからしたら普通に洗濯してたら警察が間違えてうちのインターホン鳴らしてきたわけで、さすがにビビった。
覗き穴に映る警察ってほんとうに怖いからみんなもぜひ経験してみて。

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そんな警察と同じくらい怖いのが民意の暴力なのかもしれない。マルタのニュースを見ていたら「日本人男性が猫5匹を殺害」という激ヤバなニュースが飛び込んできた。一瞬「知り合いだったらどうしよう」と思ったが全然知らん人だった。冷静に考えてマルタに日本人が何人いるのかすら知らない。それでも一瞬、知り合いかもと思ってしまったあたりこの国の狭さというか日本人コミュニティの狭さがよく出てる気がする。

そしてクラスメイトには「猫殺しちゃダメだよ」とイジられた。やってねえわ。ちなみにこっちから近づくと猫は何かを察して逃げていく。

まあ本人が悪いのは当然なんだけど、それをネットに晒して「最高刑を求めます」みたいな署名活動がなされていて、それは民意が過ぎるというかちょっとやりすぎだろと思ってしまった。

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というわけで8月もこの調子でぼちぼちやっていこうと思います。できれば警察の世話にならず、海で怪我をせず。猫にやさしく。

 

マルタ記22 - 詐欺られかけた

マルタで詐欺に遭いかけた。いや、正確には「詐欺だったのかどうかも正直わからないが、とにかく怪しい話に巻き込まれかけた」というのが正しい。まあとにかく怪しい話をふっかけられてちょっと困惑した話をしようと思う。

昨日、夕飯の材料を調達しに外へ出たら、突然車道を通りすがった車の中から声をかけられた。運転席には知らんハゲの男性。サッカーをよく知らない俺にとってハゲのヨーロッパ人は全員イニエスタに見える。けど知らん人だったし最初は無視しようかと思ったけど、執拗に呼びかけてくるので仕方なく車の方へ歩いて話を聞いた。

曰く、彼は荷物の配達のために3日間だけマルタに滞在しているイタリア人だそう。最初は道案内でもして欲しいのかと思って話を聞いていたけど、すぐに話がおかしな方向へ転がっていった。どうやら彼の配達する荷物の中にAirpodsApple Watchがひとつずつ余分に含まれていたらしく、それを処分するために誰かに買ってもらいたいらしい。会社に持って帰っても上司の手に渡るだけで俺には1ユーロも入ってこない。だから2つ合わせて€400で買ってくれないか、とのこと。うーん、怪しい。怪しすぎて怪し原めぐみになった。

ちょっと怖いからいらない、と答えると彼は「そうだよな、でも俺はこういう会社で働いていて、決して詐欺師ではない」みたいなことを力説してくる。その場でサクッと調べると確かにその会社は存在している。

説得力を持たせるためにパッケージのシリアルコードをなんかのアプリで読み取って本物であることをアピールしたり、正規で買うと合計で€1000はするから今買った方がいいなどどっかで聞いたことあるセールストークをいろいろ展開してきたけど、どれもイマイチ確証がもてず。

そこで彼が急に出身を聞いてきたので素直に「日本」と答えると、「実はイタリアに日本人の友達がいるんだよ」とか関係ない話をし始めて、気を引こうとしてくる始末。そしておもむろにポケットから一万円札とか五千円札を何枚か出して見せてくる。ここで直感的に「あ、たぶんこれアジア人狙った詐欺じゃね?」と感じ、完全に警戒アラートがMAXになったのでその場から逃げようと思った。いくら日本人の友達がいるからってなんでユーロ圏で日本円なんか持ってんだよお前。換金しろハゲ。ちなみにそのお札は去年出国直前に登場した新札で、ちゃんと流通する前にマルタに来てしまったので正直記憶に馴染んでおらず、最初は普通に中国かどこかのお金かと思ってしまった。

それでも彼は諦めずに手を替え品を替え質問してくる。いくらなら買ってくれるかと聞いてきたので、試しに「€20なら買う」とバカみたいに安い金額で提案してみる。20ならパチモンのAirpodsApple Watchでも授業料として買ってもいいと思った。話のネタになるし、もし本物だったらそれはそれで嬉しいし。当然彼は呆れた顔で「それは安すぎる」と言ってくる。そりゃそうだよね。

最終的に「€50以上は払えないから無理」で押し通した結果、彼は諦めて去っていったけど、不思議なことに、完全には疑いきれない自分がいる。もしかしたらあのイニエスタは本当にただのいいヤツで、たまたま余った荷物を安く売ろうとしてくれただけだったんじゃ…?という気持ちが消えないのは、きっと自分が日本で平和に育ったからだろう。本能的な性善説みたいな。

今こうやって改めて文字にして振り返ってみるとやっぱり怪しさ満点ではあるんだけど、AirPodsApple Watchが本物っぽかったことで一瞬「€400ならワンチャン…?」と考えかけたことが少し怖い。そんなことを考える前に、彼の挙動とかもう少しつぶさに観察してればなにか確証が得られたのかも知れない。人間は弱い。

なのでみなさん、海外で車の中から話しかけてくる知らない人に「Apple製品いらない?」って言われたらそれはたぶん詐欺なので全力で逃げましょう。

マルタ記21 - マルタ7ヶ月、ほぼ折り返し地点らしい(?)

ご無沙汰してしまった、あまりに忙しくてブログを書く余白がどこかへ消え去っていました。

さて、相変わらずビザ周りでは絶賛トラブル開催中です。一応、居住者としてのIDはもらえたものの(マジ偉い)、申請時の住所はとっくの昔に引き払っていて、これを変更せねばならないらしい。しかしまあ、これもこれで超めんどくさい。もう一人の僕が「別にもういいんじゃない?」って囁いてくる。更新する予定もないし、だいたい役所仕事に時間を取られるのが嫌。ビザセンターに足を運ぶたびにストレスが溜まる。役所の対応に満足している国って存在するのだろうか。

まあそれはそれとして、5月は怒涛だった。日本から彼女が遊びに来てくれて、その隙間でやばい量の課題と格闘し、バイト先ではなんかよくわからないイチャモンをつけられ勝手にシフトを削られた挙句クビになりかけたり(これまたよくわからない理由で復帰できた)、まあいろいろと心身ともにバタバタしていてかなり疲れた。

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あ、そういえばスラム街みたいなところに引っ越しまして。正確に言うと屋上からの眺めが“THE スラム”っぽいだけで、家自体は意外とちゃんとしてます。

 

 

引っ越してからの毎日はというと。
朝起きる→バイトに行く→午前中労働→帰宅して昼飯→洗濯とか掃除とか小さな雑用を片付ける→英語の勉強or課題をちょっとこなして16時ごろ学校に向かう→夜帰宅→夕飯→再び課題→深夜に撃沈して寝る。
この無限ループ。正直に言おう。つまらん。

元々ルーティーン化された生活自体は嫌いじゃないんだけど、それはそのルーティーンの中に小さな楽しみが散りばめられている場合に限る。そもそも何が悲しくて週5でバイトして、空いた時間に課題やって、寝るだけの日々を送っているのか。まず平日5日も働かなくてはいけないこと自体に納得がいってないし。我学生ぞ?

贅沢だし、生意気なことを書いてしまった。
でも、思ってしまったからしょうがない。

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とまあ、そんなこんなでマルタに来てから7ヶ月が経とうとしています。さすがに時の流れがあっという間すぎる。留学生活も気づけば折り返し手前。そろそろ前半戦が終わろうとしている。早い、早すぎる。そもそも2025年がもう半分終わろうとしているのがヤバイ。マルタの時空が歪んでいるとしか思えない。

最近は少しだけ帰国する時のことを考えている。「日本に帰ったら何しようかな〜」、とかじゃなくて、マルタ空港のゲートを通るその瞬間自分はどんな気持ちでいたいんだろう?という謎の問いを自問自答している。

帰りたくないとは思いたくない。日本好きだし、会いたい人がたくさんいるし。彼女、友達、元同僚、家族が待っていてくれているのに帰りたくないなんて言ったら失礼だと思う。でも後悔しないためにはこっちでやり残したことがないように頑張らなくちゃいけない。

でもそれはマルタでしかできないことである必要は全然なくて、日本でもできることであってもいい。大事なのは今やりたいことをやることなので。「今しかできないことをやれ」という話はよく聞くけど、結局それはやりたいことが先にあって、それを実行するための理由づけでしかないような気がする。じゃあ仮に今しかできないことがマルタのゴキブリ退治しかないとしたらお前本当にそれやるのか?って話で。絶対やらん。

だから自分は結局のところ、日本にいるときと同じように、読みたい本を読んで、見たい映画を見て、英語を勉強して過ごすだろうし、別にそれでいいのかもしれない。

マルタ記20 - ビザ申請は戦い

4/19

 

マルタに来て、気づけば5ヶ月が経った。え、もうそんなに?という感じもするし、まだそれだけ?という気もする。とりあえず今のところこの地で得たものといえば、ちょっとばかしの英語の語彙力と、手巻きタバコをわりと上手に巻けるようになった技術である。特に後者は日々の努力の賜物で、最近では葉っぱの量が足りなくて偏った燃え方をすることもほとんどない。歩きながらでも綺麗に巻ける。素晴らしい。

ただし、相変わらず金はない。永遠にない。先日、ようやく少しまとまった給料が振り込まれたときは、思わず小躍りしそうになった。が、その三秒後には「来月の家賃…」という冷静な声が脳内に響き渡り、すぐに真顔でiPhoneの電卓を叩きはじめる自分がいた。現実は厳しい。

そんなわけで、今日もバーガーキングのワッパーダブルにかぶりつきたい欲求を堪えながら、質素なパスタを食べている。しかも箸で。イタリア人に見られたら説教されると思うが、幸い今のルームメイトはカメルーン人なのでなにも言ってこない。中国人のルームメイトは先月出て行った。

 

***

 

マルタに長期滞在する学生には、「Temporary Residence Permit」なるものを申請しなければならない。いわゆる在留カード的なやつである。で、実はこれがまだ降りていない。5ヶ月も経っているというのに。

なぜそんなことになっているのかの理由をイチから説明しようとすると、もはや記憶の彼方であやふやだし、書いてるうちにIdentita(マルタのビザセンター的な場所)への憎しみでキーボードを破壊してしまいそうになるので、ざっくり言うとこうだ。

まず「お前の保険は補償額が足りん」と言われて一度却下。泣く泣く一度保険を解約し、グレードを上げたものを再提出したら、今度は「入院も外来も補償されてないとダメ」と言われた。いや、それ、補償されてるんだけど?と思いつつ「ちゃんと読んでください」と丁寧にメッセージしたら、「該当部分をハイライトして再提出しろ」と返ってきた。いや、だから、お前が、読めよ!!!英語話者だろ??って心で叫びながらハイライトして出し直したら、最後には「日本の保険じゃダメだからマルタのを契約しろ」と来た。え、最初からそう言ってくれたらよくない?てか他の日本人と同じ保険で提出してるのになんで俺だけ?しかもそれぞれの返信が返ってくるのが普通に1週間後とかだからね。マジで仕事してくれ。

というわけで、もう面倒なので半ギレでマルタの保険を契約してみた。そしたらなんと1年間の保険料がたったの€180。ざっくり3万円くらい。

いや待て。じゃあなんで俺は最初日本で27万も払って留学保険に入ったんだ…?いやまあ、渡航時点で保険は必須だから間違ってはなかったんだけど、結果的には、なんというか、こう…バカみたいじゃない?

ということで、ここで未来のマルタ留学生へアドバイスです。日本の保険は、最初の渡航用に短期間だけ契約し、渡航後にマルタの保険を別で契約するのが吉。いやまじで。これやるだけで保険料が20万弱くらい変わってくる。自分の場合、日本の保険会社に問い合わせたら、2回目の解約にも関わらずちゃんと未使用分を返金してくれた。しかも解約書類を提出してから3日後には振り込まれた。ありがとう日本。日本最高。

 

マルタ記 19 - 英語と日本語

3/30

 

もっと英語力をあげたい。可能ならC2レベルまであげたい。ケンブリッジCPEの問題もある程度スラスラと解けるくらいには。でも日本語のコンテンツも摂取したい。人文系の本も読みたいしポップカルチャーの話題にもついていきたい。かなり贅沢な悩みだ。

英語と日本語は言語としての距離がありすぎるので、両方を満遍なく養うということが難しく、どうしてもトレードオフの関係になってしまう。今こうして日本語で文章を書いているだけで、英語のアウトプットの能力が下がっていると言ってもいい。

ただ、最近はその間で揺れることそのものが意外と大事なのではないかという気がしている。日本語を摂取したら、焦る。英語をやらないとという気持ちになる。そうすると英語に触れようと意識的になる。

この揺れ動きは、ただの葛藤というよりむしろ言語のバランス感覚を養う訓練なのかもしれない。片方に傾きすぎれば、もう片方が気になり、自然と補おうとする。その繰り返しが、自分の中に二つの言語の領域を育てていくような気がする。

もちろん、理想は両方を高いレベルで維持することだけど、それは現実的にはけっこう難しい。特に英語を本格的に伸ばそうとすれば、日本語の使用頻度を下げて、より深く英語に没入する必要がある。母語話者なので日本語を使わない時間が長くても日本語特有のニュアンスや感覚が鈍ることはあまりないかもしれないけど、漢字の書き方を忘れたり言葉の使い方が少し不自然になるみたいなことは十分あり得る。

それでも、二つの言語を行き来することで、それぞれの特徴や長所が際立って見えてくる。英語の論理性や日本語の曖昧さ。英語のダイレクトな表現力、日本語の含みを持たせた言い回し。両方ともすごく大事で異なる考え方のフレームワークみたいなものを提供してくれて、結果的に考え方そのものがより柔軟になっているように思う。

日本語を摂取することで得られる安心感みないな感覚も大事で、やっぱり母語に触れることは単なる情報収集ではなく、一種の心の安定剤みたいな効果もある。日本語の小説を読んでいるときはその言葉の響きやリズムに心が落ち着く瞬間がある。それは英語にはない。

だからこそ、この「揺れ」を恐れずにむしろ積極的に受け入れたい。留学しているからといって日本語を完全に捨てる必要はなく、どちらも自分の一部として共存させる。一時的に偏ることがあってもいい。英語漬けの日々があったかと思えば、ある時期は日本語の文学に浸るみたいな。そんな風に行き来しながら、自分なりのバランスを見つけていけばいいんじゃないか。

最終的には、英語と日本語の間を自由に行き来できるようになりたい。英語で流暢に議論しつつ、日本語で深く思考できるようになりたい。そのためには結局この揺れを繰り返しながら自分の中の「二つの言語」を育て続けるしかないのかもしれない。